成層圏オゾン層のいま

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成層圏オゾン層のいま

東京大学名誉教授
ウエルネスアカデミー理事 近藤矩朗

2017/8/1


私たちは地球を取り囲む大気の中で生活しています。私たちのいる大気圏は対流圏と呼ばれ、その上空に成層圏があります。成層圏はオゾン濃度が高いために、成層圏オゾン層とも呼ばれています。成層圏にある酸素とオゾンが太陽光の有害紫外線の大部分を吸収してくれるため、私たちは健康な生活を送ることができています。成層圏は風のない穏やかなところですが、太陽からの紫外線が強いため、生物の生活に適した環境ではありません。 対流圏と成層圏の境界は高度約11kmとされていますが、一定したものではなく上下に移動します。オゾンの量も地球上の場所によって異なり、それぞれの場所でも年周期で変動しています。例えば、わが国上空の成層圏のオゾンは北で多く南で少なくなっていて、那覇では札幌より平均で23%程度少なく、年間の変動幅は札幌で約30%、那覇で約20%にも上ります。

1982年以降毎年、7月から11月半ば頃に南極上空の成層圏オゾンが極端に減少するようになりました。オゾン層に穴が開いたようにみえることから南極オゾンホールと呼ばれています。成層圏オゾンの減少は南極だけでなく赤道付近を除く地球上のほとんどの場所で観察され、大きな社会問題、国際問題になりました。成層圏オゾンが減少すると、地上に降り注ぐ太陽光紫外線が増え、その結果、皮膚癌や白内障のリスクが高まり、免疫機能が低下するといわれています。また、プランクトンが減少して魚が死ぬリスクが増え、作物の収穫も減ると考えられてきました。

成層圏オゾンを破壊している原因物質が人工化学物質のクロロフルオロカーボン(CFC、通称フロン)であることがわかり、国際的にCFCの製造・使用が規制され(オゾン層の保護のためのウィーン条約1985年、モントリオール議定書1987年)、その後全面的に禁止されました。それまで大気中のCFC濃度は増加し続けていましたが、寿命の比較的短いCFC(CFC-11)の大気(対流圏)中濃度はまもなく減少し始め、寿命の長いCFC(CFC-12)濃度は横ばいとなり、最近ではやや減少しています。成層圏オゾンの量は平均で約6%減少しましたが、現在は横ばいかやや回復傾向にあるといわれています。今世紀中にオゾン量が以前のレベルに戻り、オゾンホールが現れなくなると予測されていますが、実際にはオゾンの回復は来世紀を待たなければならないかもしれません。 一方で、CFCによるオゾンの減少幅6%は地球上の位置による違いや年変動と比べると小さく、南極圈を除き、成層圏オゾンのこの程度の減少がヒトの健康や環境に与える影響はほとんどないと考えられます。

また、別の問題にも目を向ける必要があります。CFCはクーラーの冷媒、クリーニングの洗浄剤、消火剤、発泡スチロールなどの発泡剤、スプレーの噴射剤として広く使われてきました。CFCが使えなくなったため代替フロンとしてHCFC、HFCが使用されるようになりました。しかし、HCFCもわずかながら成層圏オゾンを破壊するため、先進国では2020年までに製造が禁止されることになりました。現在ではHFCが多く使われていますが、フロン類(CFC、HCFC、HFC)のいずれもが強力な温室効果ガスであるため、HFCも京都議定書による規制の対象になっています。したがって、これらに替わる物質が必要になりました。現在、わが国ではアンモニアや二酸化炭素が冷媒に、シクロペンタンが発泡剤として、ジエチルエーテルが噴射剤として使われるようになっていますが、二酸化炭素以外はいずれもヒトの健康を害する有害物質であったり、爆発しやすい危険物であったりするため大きな問題を抱えていることになります。二酸化炭素はフロンと比べれば影響ははるかに小さいものの温室効果ガスであることはいうまでもありません。安全な代替物質が開発されなければ成層圏オゾン層の問題が解決したとはいえないでしょう。

(環境省:「成層圏オゾン層保護に関する検討会」委員)